時間がない!という時~『忙中閑あり』(ぼうちゅうかんあり)~

『忙中閑あり』(ぼうちゅうかんあり)とは

この言葉聞いたこと、ないでしょうか?

「閑」という字は「かん」と読みますが「ひま」とも読みます。

忙しいとき、その中には実は「ひま」な時間がある。
・・・という意味になりますが一体どういうことでしょう?

この言葉は、元々は「六中観」(ろくちゅうかん)という6つの文の中の1つで、昭和の学者さんの安岡正篤(やすおかまさひろ)さんという方の言葉です。
この方、当時の総理大臣の指南役(迷った時の相談役みたいなものです)も務められたそうです。

この安岡先生が「忙」と「閑」についておっしゃるには、
●忙しい時、「時間が無い!」とよく思うが、では実際に「閑」(ヒマ)だらけの状態になってしまったことを想像したら・・・そんな状態、何もすることがない時間は退屈でしかなく、時間をただムダに過ごすだけだろう。ありがたくもなんともない。
◎一方で、忙しい日々の中でも目を凝らせば、必ずふっと一息つける時間、空き時間がある。そんな時間こそが本当の「閑(かん)」(=平穏無事、心静かに過ごす時間)なのだ。

・・・と。これが『忙中閑あり』の意味だそうです。

なるほどと思います。
若いころ、休みの日に一日寝て過ごしたことがありますが、なんだか損をしたような罪悪感のようなものを感じた覚えがあります。無為に過ごしてしまったなと。

また、仕事で忙しく、張り詰めた状態で時間を使っているつもりでも、実は結構、何もしていない時間、ムダがある。でも「忙しい」思考に陥っているとその「閑」に気づけないなと常々思います。

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うちの生徒さんで、こんな子がいました。

「おれ、毎日本当に忙しいんよ。時間が全然ない、足りないんじゃ!」
・・・ある小学4年生の生徒のセリフです。

彼は週に6日習い事に通っています。唯一習い事のない火曜も友達と遊ぶ日になっていて、まさに7勤0休の忙しさ!
宿題は雑にこなすだけ、成績も低下傾向だった彼が、<あること>をきっかけに復活してきました。口グセだった「忙しい!」も最近は口にしなくなりました。

その<あること>が、『忙中閑あり』につながっていると思うのです。

「忙しい忙しい!⇒宿題なんかやるヒマない!」から

 ↓ ↓ ↓

「忙しい中でも毎日ちょっとずつ宿題を進めよう!」に・・・行動が変わってきたことです。今週も授業前も一番に来て、宿題の確認をやっていました。

行動変化と共に、だんだん発言も変わってきています。
「どうせ・・・」とか「分からん、できん」という発言が多かったのですが、
「どうやるんじゃろ」「よしやろう」といった発言が聞かれるように!

きっかけはお父様が
「次回の公開テストでこれ以上成績が下がったら◎◎(彼の大好きなもの)をやめさせる」
「そのために先生の言う通り〇曜日までに宿題やって、解き直しも必ずやること」
と言ってくださった言葉が効いたのです。
大好きな◎◎を取り上げられたくないために、習い事があって今までなら寝てしまっていた日にも時間をしぼり出してちょっとずつ宿題をやった。
やってみたら、意外にもできちゃったというところです。

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 確かに「忙しい!疲れた!」という思考に支配されているうちは、なかなか他のやるべきことに手が回らないものです。
では実際に24時間パンパンでどこにも余裕は無いか?というと決してそうではなく、その合間にほっと一息できる時間はある。その閑こそがありがたいものだというのが安岡先生が『忙中閑あり』で語られたことだと思います。

安岡先生は「その『閑』を仕事や勉強に回せ」とまで言っている訳ではありません。
実際、「空き時間をしぼり出して、たまっているやるべきことを一気にやってしまおう!」と意気込んでもうまくできるはずありません。

ただ、「忙しい、時間が無い」というのは確かに思い込みだなとつくづく思います。
目を凝らせばその中に確かに閑はあるなと。

その閑を有効活用したら・・・というのはあくまで私の解釈なのですが、「少しずつ」、1日3分とか1日1問といった無理のかからないスキマ時間をしぼり出すことを習慣化していくことが、「忙しい」思考を打破することにつながるかなと。

小4の彼を見習って私も時間を有効活用しなきゃと思います。
みなさんの時間に対する意識に照らし合わせてみていただいて、
これを実際の勉強にもつなげ、今までできていなかったことがほんのちょっとでもできるようになったら・・・素晴らしいと思います!