化学についてほんの少し語ってみる
こんにちは。
岡山校の藤森です。
今回は担当科目でもある化学に関して少し書けたらいいなと思います。
これは持論なのですが、化学が扱っているものと人間社会は酷似しているなと思っていて、
化学の内容は「社会」における「個人」の立振る舞いにヒントを与えてくれるものだと思うと学ぶ価値があります。少しそんな話をしてみたいなと思います。
例えば、物質Aと物質Bが反応して物質Cになる反応があるとします。
反応式的には A + B → C になりますが、
この反応が起こるか起こらないかには2つの要因がせめぎあっていて、
一つは「AさんとBさんは『C』になって(一緒になって)本当に幸せになりますか」という問題と
一つは「Aさんは『C』になることで常に決まった相手Bさんと一緒にいなければいけないけど本当にそれで良いですか」という問題です。
つまり A + B → C が起こる時には、
Aさんは「まだ他にもっと良い人ととの出会いがあるかもしれない。ここでBさんと一緒になることでそのチャンスを逃すけど、今ここでBさんと一緒になる方が絶対幸せだからBさんと一緒になろう」と思って反応が進行するわけです。
Bさんからみても同様ですね。
例えばこれを「結婚」と読み替えても良いですしこれを「就職」と読み替えても良いわけですが、
さらに面白いことに、「一度Cになっても元のAやBに戻ることもある」んです。
つまり彼らも「離婚」や「退職」するわけです。
それはどんな時かというと(色々な可能性があるのですが)一つは「Cになってみたけどそんなに幸せじゃなかったな」という時です。
このようにとらえてみると化学反応における分子の動きと人間の動きはよく似ているなーと思いませんか???
なんというか凄く「人生」していますよね。
実は化学反応の起こりやすさには他にも考えなくてはいけない要因がたくさんあります。
つまり、反応するかしないかの『判断基準』は多くあって、それらを逐一「擬人化」していくと
私たち人間はどのような『判断基準』を持って変化していくのかが幸せなのか、なんとなく分かるのではないか?ということです。
もっと突き詰めると「じゃあCはどんなカタチであれば幸せなのか?」を考えていくこともできて、
さらにそれを人間にあてはめると、理想の人間関係の形が見えてきたりするかもしれないわけで、、、
まあ私は化学のそういうところを「面白いな」と感じています。後半ほとんど私自身の哲学ですが、化学を修めた人の多くは同じようなことをおっしゃるのではないでしょうか。
一度しかない人生においてどのような変化が最も幸せなのか?は分子たちが先に答えを出してくれているケースがあるはずで、色んなケースや彼らの色んな判断基準を知っているというのは、まず間違いなく人生に活きると思っています。
「分子の振りみて我が振り直す」
ようなテイストも交え、化学ってあくまで身近で興味深いなと思えるような授業ができるよう、化学の毎授業臨んでいます。
生徒たちに1ミリでも伝わっているといいなと思います。
←高分子の話していますね。
こんな険しい顔で授業してたかな・・・反省ですね・・・
岡山校 藤森